春の心はもえる

2018年3月26日(月) 1.7/25.6℃

春が年々短くなるような気がする。寒いさむいと思っていたらなんだか急に暑い。昼間は26℃だ。温度計の故障でなければ、この冬の最低気温は氷点下38.9℃だから、65℃の温度差があることになる。『イワン・デニーソヴィチの一日』に、ラーゲリでは氷点下40℃を下回ると屋外作業はなくなるという描写があった。それで、今年は寒さを理由に休むことが出来なかった。

素手で作業することが増えて、土をいじる指先がひび割れる。それに、やたらにトゲが刺さる。1㎜もない様なトゲも、刺さった場所によっては痛い。精密機械用のピンセットで抜いてみると、意外と柔らかかったりして、こんなものがどうして痛かったのか不思議になる。

具合が悪くてご飯をあんまり食べないぷんの為に缶詰の買い出しに行く。ついでに寄ったコメリでそら豆の苗が10ポット398円で売られていた。生き物係さんは安いと言うが、そんな筈はない、1ポット398円だ、村人は、レジで高いのに気づいてもそれじゃやめると言わないだろうから、そこに付け込んで儲けてんだよ、10ポット398円だったら腹切るよ、と言ったら、生き物係さんがレジで確認して、確かに10ポット398円だった。すかさず購入。もちろん腹なんぞ切らない。毒々しい種子消毒(おしなべて消毒というものが毒々しいのは何故だろう)が気になったが、NO場として売る分ではないから目を瞑ろう。とここには書いておこう。

乾燥した天気が続いて火がよく着く。枯野を見ると、ちょっと火をつけてみたくなる。実際につけてしまう人の気持ちが分かる。着火衝動を抑えながら、沢登秀信氏の『のやき』を口ずさむ。「燃えろ燃えろ燃えろ、燃えて、ひろがれよ」。これはたぶん、革命的民衆気分に溢れた歌だ。対する統治者から聞こえてくるのは、「もみ消せもみ消せ、、、」。

2018年3月22日(木)晴れ -2.5/5.8℃

いつの間にか春。になってしまったNO作業日誌。長くて寒い冬があった。まだ暖かいとは言えないけれど、心は武装解除。生き延びたという実感がある。

長い受忍の季節を乗り越えて、雪の下で芽生えていた緑、を待ってましたとむさぼるヤギの皆さん。

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ヤーは出産から13ヵ月経った今も、毎日1リットル以上のミルクをくれる。搾取してるんだけど。真冬は止めて脂肪に回してもらった方がいいかとも考えたが、毎朝パンパンに張ったおっぱいを見ると、搾ってあげなきゃかわいそうかなあ、ちょっとだけ搾ろうかなあ、けっこう出るなあ、もうちょっとだけ、ああ今日も全部搾っちゃったなあ、という感じで今日に至る。この間 ТВОРОГ (ロシアのカッテージチーズ)を作って、チーズケーキを焼いた。予想に反して全くヤギ臭くなかった。たぶん、美味しかった。

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秋口からついこの間まで、3週間周期でヤーとミミが発情を迎えて、殆ど二日二晩、野生の呼び声に応えて鳴き叫ぶ様は傍で聞いていても辛かった。ハナだけはまだ一度も発情しない。

牡ヤギのギー。

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ちょうど一年前辺りから、むやみにおしっこを顔や前脚にかけて喜んでいる。小屋の消毒消臭の為に草木灰を撒くので、その部分がひどく汚れて落ちない。時々、ヤギチーズを思い出させるすごい匂いがする。たまに散歩に来る御近所さんが必ず「ギーちゃんすごい匂いだねえ」と言うところから考えると、時々臭いのではなく、時々匂いを忘れているのであるらしい。忘却が無ければこの世はどれほど苦しみに満ちていることか。おお春よ。

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と思っていたら昨日から大雪。

朝には止んでいたけれど、この季節特有の重たい雪(カミ雪、というらしい)でヤギ女用の雨避けテントがつぶれていた。もともと折り畳み式の日よけテント(の元々のシートをヤギどもが食いちぎったり脚かけて引き裂いたりしたから厚手のシートで張り直してあった)だから耐荷重性に乏しかったのだろう、支柱が曲がって再生不可能。さあ、次の大雨までに何とかしないと。

夕方から時間もないのにナメコの駒打ちを始める。でもやっぱり時間がなくてすぐ止める。原木4本でおよそ200駒。今年はナメコ500とヒラタケ1000駒。

夜、脱水気味のぷんに点滴。もうだいぶ慣れてきたのか、激しい抵抗はない。点滴をした後、何故か必ず水を飲む。

薪が少し燃えていれば、真冬のようにオーバーパンツをはいたりダウンを着込んだりする必要はない。外気との温度差が縮まったせいか、隙間風も震え上がるほどではない。やっぱり暖かくなったんだなあ。何と言っても夜、パソコンが使えるんだから。

にーにょ、もう少し頑張れば春だったのになあ。