0月0日がないから算数がややこしい

2017年1月1日(日) -3.9/12.4℃

暖かい一日。日差しがありがたい。年が明けたという改まった感じはない。しめ飾りも作らず、初詣にも行かない。お雑煮もおせちも無い。ただ淡々といつもの仕事を繰り返す。たとえば山羊散歩。

yagisampo

誰か新しく覇権を握る者が出ると、暦を作り、度量衡を定め直すのが古の習いであった。破壊神の杖にもかつて暦もろとも世界を滅ぼした時の日付が刻まれているだろう。正月元旦もいつの時代にか権力者が決めた暦の名残にすぎない。現代の暦を太陽暦というなら冬至の翌日を元旦にすればすっきりすると思うのだが。グレゴリオ歴と言うんだっけ?とにかく、冬至を送ってこれからは日の巡りが回復してくる、そう思った瞬間に俺の年は更新されてしまったので、10日もずれて今さらめでたいと言われても困る。とは言っても、元旦、1月1日を意識しないのも難しい。今もうっかり、今年からは日誌を毎日付けるぞ、などと思い立ってしまったのだから。

元旦とか仏滅とか、ハレとかケとか。そんなものより晴れとか雨の方が余程影響する。世間はハレとケの共有を強いる。今日ははしゃぐ日だよ、今日はひっそり暮らす日だよ。村に在っては、その強制力が見える分、まだましなのだ逆説的に。都会ではハレとケがコントロールされていることに気付かない。気付く人もごくたまにだがいて、これはおかしい、コントロールの仕方を変えよう、と主張する。

nadja

ナージャには暦が無い。喜ぶ時も悲しむときも胸の痛みに突き動かされて。