晴れ 22/32℃
三日前に人参の種を播いたら梅雨の晴れ間の日照り続き。
昨日、南部小麦とライ麦の刈り取り。南部は30㎏、ライ麦は3㎏くらいか。ライ麦が一向に増えない。播かないんだから仕方ない。播くとこないんだからこれも仕方ない。滝沢農園に借りた畑のライ麦がどうなってるか。カナムグラが周りにびっしり生えてたのを刈ったのがもう一月前だ。噫!
耕作放棄地を通り越して荒地となっているうちの田んぼから、やはり荒地になっているよその畑へ水が入って困るという苦情を二年前から頂いていた。その畑の所有者が、役場に工事費用の助成を申し立てて田んぼの排水工事をした。不思議な話だ。
村人から見ると「荒らしてる」田んぼは、むしろ自然に還ってビオトープめいた景観を生み出していた。問題の水漏れ箇所にも、春先にささやかな堰堤を築いて、これが人目に触れて文化財指定でもされたらまた無駄な村税が使われてしまうなあ、と心配したくらいだ。それで、工事の話を持ち込まれる度にのらくら避けていたんだけれど、畑(現状荒地)の地主も畑愛が抑えきれなかったらしく、発注も受注も兼ねて?いつの間にか役場に工事申請をしていたらしい。申請を出した時も受理された時も、役場からは一切連絡がなかった。まあいいか。正直、もうその話に余計な時間と体力を取られたくなかった。こういう村特有のユルさが農村ののどかさを支えている面もあるかもな。村国家日本ではユルさの規模も桁違い、ユルさのツケも3000億円という事態になっているけれど。例の巨大アーチには特殊な鉄骨が必要とか、作れるのは数社のみで競争原理が働かない、など売り手市場で仕方ないみたいな報道。数社のみの利益が優先だったのでは?という推測もありうる。どんな目茶苦茶やっても喉元過ぎればアツさ忘れるコクミンが相手で笑いが止まらない、というのはもう推測でも何でもない。
夕方、生き物係さんとドライブを兼ねて工事の痕を見に行った。水浸しの葦っ原が軽く造成されていた。無惨、と思う反面、バックホーの威力に感心もした。生き物係さんが「この四年間の私たちの開墾の苦労は何だったんだろうねえ」と言う。誇りを込めての修辞的表現と受け止めたい、、、
帰りしな近所の畑をぐるりと見学。どこもかしこも、農園も家庭菜園も、ゴルジNO場よりできていない畑は見当たらない。耕すけど草を生やして共育ちのふたごや農園も立派なトマトが育っている。
小さな沢を渡って集落から我が家へ入って(出て)行ったときに、「涼しー、暗ーい」というお馴染みのセリフが出る。五時半頃、集落はまだ暑いくらいの残照、我が家はとっくに山陰。うちの作物たちも頑張ってると言わざるを得ない。