NO作業覚書

4/16 、 ジャガイモ植え付け、ナス科播種。踏み込み温床が初めて暖かくなった。枠も作らずに山積みにしたから、頂上部の面積は狭い。一気に仕上げたのが良かったのかもしれない(単に今年は暖かいのかも知れない)。苗代作りなども毎年、馬鹿丁寧にこねくり回してかえって泥の状態を悪くしてしまう。土を殺してしまう、という感覚。書とか将棋の一手のような勢いが大切だろう。あくせくと体を動かす時間は削れそうにないが。

今年の目標は、質より量。冬のヤギの食糧が全然足りなくて苦労した。

4/17、温湯消毒。粳の「日本晴」と糯「朝紫」。60℃5分処理。今年は上手くいった。と思ったら、夕方、浸種水温を確認していた生き物係さんが、温度計の上部に短い液切れを見つけた。約5℃分の長さ。現像用の温度計と比べて見ると、確かに5℃低くなっている。65℃5分になってしまった可能性が高い。種籾よ無事でいてくれ。

仔ヤギたち(主にハナ)による乳首咬み千切り未遂事件の結果、生後3週間でおっぱい吸い禁止となり、同時に仔ヤギたちは速やかに草食に移行、哺乳瓶からの授乳も受け付けないため、ヤギミルクが毎日1,5L採れる、いや頂けるので、毎日大量のヤギミルクを飲んでいる。この頃はヤギミルク味噌汁だ。

ヤギ乳は独特の匂いがあるでね、、、と村のヤギミルク経験者は、まるで昔からの言い伝えを語るように、おんなじセリフを言う。それで、実際に絞って飲んでみるまでは不安だった。飲んでみたら、大変おいしゅうございました。絞ったその日に飲むと、クセもなくあっさりとして、大変美味しい。二日目に飲むと、お、こいつはヤギの乳じゃないか、という風味がある。三日目に飲むと、ヤギがカップを持つ手を角でぐいぐい押して、さあ飲め今飲め全部飲メエーと迫ってくる。四日目のヤギミルクを飲まなくて済むように、寝る前には焼酎割りで頂いている。頂きます。

ヤギの出産について

子ヤギが生まれた。双子の女の子。2週間経って、すっかり大きくなった。

yagioyako

生まれたのは2月12日の正午過ぎ。牝ヤギのヤーは朝から落ち着きが無く、どこかに行きたがるのだがそれがどこなのか自分でもわからない様子。あちこちで草を食べる。草を食べては何かを訴えるようにメメメ、と鳴く。ヤーの鳴き声は倍音豊か、口はあまり開けないで鼻腔の反響を使っているようだ。数日前から念のために隔離している牡のギーが遠くで絶叫している。ギーはへヴィメタル系のシャウト。いやうるさい事!

出産当日は食欲がなくなる、と本で読んでいたので、今日は無いかな、とも思った。

昼食を早めに済ませて様子を窺う。やはりヤーはメメメ、と鳴き、ギーは日本語の文字では表せない音で叫んでいる。ヤーを好きに移動させてみると、あちこちで草を食べ、草を食べては何かを訴えるようにメメメ、と鳴く。そのうち小屋に入ったり出たりを繰り返し始めた。これはもう、産もう、と思い、ヤーを小屋に導いた。小屋に入ると、今度はヤーも座り込んだり立ち上がったりを繰り返して如何にも産みそうなそぶりになってきた。慌てて敷き藁を足して備える。ちゃんと備えるにはお湯とかタオルとかいろいろ必要なんだけどもうなんだか急に間に合わない感じになってきて、生き物係さんを携帯で呼んだ。

その間もヤーはますます激しく姿勢を変え続ける。横倒れになって片足で床を掻く。声はもはやメメメ、ではなく、ウーン、ウーンと人間そっくりになっている。外陰部が出っ張ったり収まったりを繰り返す。何度目かの横倒れから、舞踏家のようによろよろと立ち上がると、産道から一気に水が噴き出した。破水だ、と出産経験のない人間二人が同時に言ったほど、破水という言葉は事態を的確に表していた。

続いて産道から内臓の一部のような袋のようなものがじわじわと現れ始める。全然胎児には見えないけど、これで合ってるのか、何か違うものが出てきてしまったのではないかと狼狽える。それはセミの羽化のようにじれったい。ヤー、これでいいのか?ウーン、ウーン。

と、袋の濁った液体―羊水、いや山羊水か―の中に鼻づらと蹄のようなものが見えた。よしよし、頑張れ!

やっと顔と前足が見えた所で滞ってしまう。見守るべきだとも思ったが、もしや胎児は肺呼吸を始めてしまっているのではないか、という恐れが募る。袋をそっと引っ張ってみる。動かない。肢を引っ張ろうにも袋のぶよぶよに阻まれてうまく掴めない。ヤーの力みに合わせて助けにならないかも知れない手を貸す。ヤー、頑張れ!ウーンウーン。

と、袋がズルズルと排出され、ボトリと落ちた。出たー!

膜の中に仔ヤギらしきモノがある。見守るべきだとも思ったが、もしや胎児は肺呼吸を、、、と焦り、膜を引き千切る。仔ヤギが出てきた。ヤーが子どもを舐めたり、袋を喰ったりする。うーん、可愛いというよりは怖い。

yagiborn

ベトベトになった手を洗いに家に帰り、追加のお湯を持って戻ると仔ヤギは二頭、生まれていた。

 

*          *          *

 

よりによってこの日から1週間、玄関先で毎朝氷点下11~12℃を記録した、この冬一番の冷え込みが続いたのであった。間に合わせでこしらえて手直しもしなかった粗末な小屋で、よく頑張ってくれた。子ヤギたち、ありがとう。ヤー、ギー、ありがとう。

yagioyako2

 

自由は不快を求めるか

室外温度計が壊れて、この頃は調理用の温度計を玄関先に置いている。精度は判らないが、朝7時頃は氷点下10℃のあたり、先月末の一番寒かった時にマイナス15℃を記録した。台所の凍り具合からすると、実気温に対して今までの温度計よりも低目のところを示すように感じる。寒いことは寒い。

年々湿った雪が多くなる。今日などは2月だというのに一時雨になった。厭わしい心持でながめるせいか、ボタン雪が細かいゴミのように見える。服に付いたのを払えば、溶けてじっとりする。どうせ春の陽気はまだまだ先、同じ寒いのを耐え忍ぶならば、もう少し寒くても、軽くて扱いやすい粉雪が降ってくれた方がいい。

夕方、雪が小止みになったのでヤギの散歩に出る。寒々しい枯野もよくよく観れば多年草の若い命が芽生え始めている。地上部は冬にあっさりと死んで、春に新しい姿でまた生き直す。人もよく人生を一からやり直す、などと言うが、こっちは器の造り替えがきかないからそれは己を「擬草化」した思い込みに過ぎない。けれど、思い込む他に何ができるというのか。

夕闇が迫り、気温が一気に下がる。手綱に逆らうヤギを引き摺るように―或いは引き摺られながら―滑りやすい坂道を進む。ヤギの自由を徹底的に奪いながらヤギ達を少しでも快適に過ごさせようと骨を折る。快適であるためには不自由を耐え忍ばねばならず、自由の為には快適さを犠牲にする覚悟がいる。そこには今のところ、快適な自由というものがあるようには思われない。

 

 

夜明けと日没について

2017年1月5日(木)晴れ -5.1/10.4℃

寒く、空っ風の強い一日。埼玉や東京の正月を思い出す。

朝は玄関先のぬかるみが凍って硬い。かろうじて手袋無しでいられるが、金物なんかを持つと危ない。

冬至からこっち、夜が短くなりつつあるはずなのに、東の山から陽が昇る時刻がむしろ遅くなっているように感じる。と思ってウェブで調べたら、日の出は明日、1月6日が最も遅くて、ほぼ7時になるらしい(日の出日の入り時間 – motohasi.net を参照しました。感謝)。日没が早いのは12月6日で、日の出日の入りは冬至に最も遅く、最も早いという訳ではなかった!自然にどっぷりつかって生きてるぜ、と思ってたけど基本的なことに無知だった。

PCのある部屋が寒くて死んでしまう(わりと本当)ので、夜の日誌編集は30分以内と決めているけど、つい関係ないものをつらつら眺め出すので全くはかどらない。今日はここまで。

0月0日がないから算数がややこしい

2017年1月1日(日) -3.9/12.4℃

暖かい一日。日差しがありがたい。年が明けたという改まった感じはない。しめ飾りも作らず、初詣にも行かない。お雑煮もおせちも無い。ただ淡々といつもの仕事を繰り返す。たとえば山羊散歩。

yagisampo

誰か新しく覇権を握る者が出ると、暦を作り、度量衡を定め直すのが古の習いであった。破壊神の杖にもかつて暦もろとも世界を滅ぼした時の日付が刻まれているだろう。正月元旦もいつの時代にか権力者が決めた暦の名残にすぎない。現代の暦を太陽暦というなら冬至の翌日を元旦にすればすっきりすると思うのだが。グレゴリオ歴と言うんだっけ?とにかく、冬至を送ってこれからは日の巡りが回復してくる、そう思った瞬間に俺の年は更新されてしまったので、10日もずれて今さらめでたいと言われても困る。とは言っても、元旦、1月1日を意識しないのも難しい。今もうっかり、今年からは日誌を毎日付けるぞ、などと思い立ってしまったのだから。

元旦とか仏滅とか、ハレとかケとか。そんなものより晴れとか雨の方が余程影響する。世間はハレとケの共有を強いる。今日ははしゃぐ日だよ、今日はひっそり暮らす日だよ。村に在っては、その強制力が見える分、まだましなのだ逆説的に。都会ではハレとケがコントロールされていることに気付かない。気付く人もごくたまにだがいて、これはおかしい、コントロールの仕方を変えよう、と主張する。

nadja

ナージャには暦が無い。喜ぶ時も悲しむときも胸の痛みに突き動かされて。

今日

最低気温氷点下6℃が3日続いたおかげで今朝の氷点下3℃が暖かく感じられた。『イワン・デニーソヴィチの一日』に40度とか28度とか書かれているが、氷点下の話だ。やはり今日は暖かい。

ヤギ小屋の掃除の際、敷草の確保がだんだん難しくなってきたので、ここ一週間、床面にたまった敷料を糞尿で発酵させながら表面だけ足していく鶏小屋方式を試してみた。落ち葉をごっそり敷いて、上に藁や枯草をふんわりと積む。落ち葉は半分くらい松やカラマツ。集めやすい所から持ってくるとそういう構成になる。寒さのせいか、アンモニア臭もしない。これは春まで行けるかと思っていた。が、夕方、藁の上に腹ばいになって確かめてみたら、目にしみるようなひどい匂いだった。下層の湿った部分を取り去って、刻み枯れすすきを補充した。鶏小屋はうまいこと発酵するんだけど。山羊さん達、ごめん。

作業日誌なのにいきなり夕方の作業の話になっってしまった。実際、毎日、いつの間にか午後4時になっていて、ヤギ小屋を整えながら、ああ、今日も疲れたなあと、とっくに山陰に入った我が家から向こうに見える四阿屋山に夕日があたっているのを眺める。何の変化もない(なくちゃ困るが)毎日。季節だけが移り変わってゆく。総体として崩壊しつつある世界の、永遠に変わらない片隅という幻想。俺にとっての現実はいつの頃からか、いつも書き割りの裏に隠されている。

冬の木曜日は天気が悪い

2016年11月26日(土)晴れ -1/11℃

冬の木曜日は天気が悪い。東京でヌクヌクしている(気温の話。それ以外はキリキリ働いている。つもり。)と、決まって麻績村は悪天候で、生き物係さんから泣きの入ったメールが届く。肝心な時に役に立たず、俺も泣きたい気分になる。

今週は大雪だった。金曜の朝は辺り一面真っ白で、もう今年もお終いだと観念しかけたが、今日の日差しであらかた融けた。週末はギリギリでライ麦播けるタイミングだと思ってたのに畑びちゃびちゃ。でも今日播いた。播いた後の踏圧なんてもちろんできない。ざっと土を寄せておしまい。藁を畑に使うと毎年こぼれ種であちこちにライ麦が生えるが、それを見ると覆土は要らないんじゃないかとも思う。

びちゃびちゃよりも、金曜朝の冷え込みがこたえた。氷点下7℃。暖かい地方の作物だという搾菜が芯まで凍みた。もうヤギのご飯だ。ヤギだって壁よりも隙間の方が多い豚舎でよく頑張った。ヤギ小屋問題が急浮上して来た。雪が積もれば草や落ち葉を食べるのが難しいから、ご飯にも困る。木曜日ははね出しのサツマイモや豆ガラ、人の口にもあまり入らない奇跡の無農薬リンゴなどを与えたらしい。可哀想なのか羨ましいのか判らない。大変な労力を費やして集めておいた葛の葉を今日、与えてみたが、全く食べない。乾草や稲藁もかなり用意したが、本当に食うのか?アカマツの葉や樹皮を食べるから、厳冬期もとにかく口に入れるものはあるが、、、

今年はやることなす事後手後手にまわって、そのたんびにヤギに手を取られて(かなり本当)、と言い訳している。どんな言い訳しても日はまた昇る。うちに日が当たるのは8時過ぎだけど。そして3時には日陰。

日はまた昇る。明日は雨みたいだけど。

2016年の稲刈り

2016年10月1日(土)曇り 寒い/寒い℃

晴れない。

村人も口をそろえてこんなことは初めてだと言う。気の早い人、用心深く台風13号の前に稲刈りをした田んぼでは、はぜ掛けされた稲束がその後の雨続きで脱穀できないままじっと耐えている。農家もじっと耐えている。内心はどうあれ、苛立ちを口にする人はいない。

9/25から始めた我が家の稲刈りは、28日に終わった。午前中にはぜ掛けが済んで家に戻った直後、土砂降りの雨。タイミングが良かったのか、悪かったのかは判らない。

 

inekari2016_1

ヤギ導入のドタバタで草取りに手が回らず、稲を刈った後の田んぼは草原のよう。そこは責任持ってヤギに食べてもらおう。悪天候続きの憂鬱が生き物係さんの背中にあらわれている。

 

inekari2016_2

今年は近年になく豊作の予感(希望)があってはぜ棒を多めに立ててみたが、結果はこの通り。今年もすっきりした稲刈り後の風景。自家採種のササニシキと、筑北の有機農家内山さん、浪野さんから頂いたコシヒカリ。奥の2本、ササニシキは面積では3分の2くらいあったが、稲束の量はコシヒカリと変わらない。

その後も晴れない。

玉葱の苗がしおれたように徒長する。裂果が少ないとの触れ込みのトマトもさすがに片端から割れてしまう。もう少し、ヤギの冬越しの乾草作りができると思っていたが、さてどうなるか。

ヤギとの対話の不可能性

2016年9月14日(水)曇り時々晴れ 17/27℃

朝から晴れる日が無い。干したいものが山ほどあるのだが、朝起きて曇り空を見るとがっくりする。六時頃ヤギ小屋の掃除に行っても暗くて足元がよく見えない。鶏の方はそうでもないから、北寄りに伸び続ける欅の影響だろう。根元に原木を伏せてあるので思い切った剪定も出来ない。時期を逃すと後で苦労する。

雄ヤギのギーが朝からけたたましい声で鳴き続ける。発情期だろうか。鳴き続けて、しまいには喉をヒューヒューいわせている。以前は、鳴き声がやまないと心配になっていちいち様子を見にいったが、この頃は放っておく。ヤギのオオカミ少年。あんまり無茶苦茶に鳴くから、メエーとは聞こえない。声だけ聞かせたら、これをヤギだと看破するものは多くはあるまい。

台所にナス、キュウリの山。株数は少なくても、毎日採れれば積もってくる。毎日、何かしらアブラナ科の間引き菜もあるので食材には事欠かない。料理のレシピと時間が足らない。

夕方、ヤギを散歩させて路傍の道草を食わすのが日課になっている。どこからともなくブヨと蚊が集まってきて顔の周りに煙のごとく付きまとう。ちょっと走ったくらいでは振り切れないし、走るとギーが興奮してランニングヘッドバッドを喰らわされるのでとても危ない。戯れに頭突きしてやった昔もあるが、この頃は重篤な負傷の危険性が高くて相手になれない。

ヤーとギーは従順なヤギではない。そもそもヤギがおとなしい家畜だなんて、どうして思っていたのだろう。こいつらは根っからのまつろわぬ民だ。押せば押し返し、引けば梃でも動こうとしない。まだ子どもだから辛うじて押しも引きも出来るが、時間の問題だろう。今のうちに交渉能力を高めておかないといけない。コンタクトインプロの経験は、ヤギと戯れるのには大変役に立つが、服従させるには無力である。服従させようというのが傲慢だとも思うが、多少言う事を聞いてもらわないと困る。

日が暮れかけて景色はモノトーンに近付く。おいもう小屋に入ろう、と言っても、ギーは全く耳を貸さず(ゼラチン質の厚い耳介は無防備にだらりと垂れたままピクリとも動かない)に黙々と草を食み続け、ヤーはこちらをじっと見たまま微動だにしない。おいヤー、と呼びかけながら、これがヤーである自信が薄れてゆく。森蔭の後ろから闇が降りる。二頭のヤギの輪郭がぼやける。すべての思い出は無効となり、どんな意思の疎通も今は不可能だという惧れが、頭の中に白くにじみ始める。

夏の終わりに(という気分で今日は過ごした)

2016年8月11日(木)晴れ 19/29.9℃

昨日からやや過ごしやすい気候。夏の盛りは過ぎてしまったかもしれない。例年になく大発生しているアブが、壁にぶち当たって頓死するのを何度も見かけた。部屋の中にはエンゼルヘアーが漂う。蜘蛛の子の冒険。東京では秋晴れの日によく見かけた現象。もちろん屋外で。玄関正面に鎮座まします神秘的な蜘蛛の巣にいくつも卵がぶら下がっていたが。

お盆過ぎれば野良でも家でも冬支度が始まる習わし、いつの間にかその盆の入りの時節を迎えていた。近所で爆竹の音が響いたのはそのせいか。お盆に爆竹は、埼玉南東部でも23区北西部でも記憶にないが、長崎の精霊流しなど、お盆=爆竹、という地域もあったよなあ。

夜ともなれば袖なしのシャツでは肌寒く、戸外では虫の音がカエルの合唱に取って代わった。夏は終わろうとしているのかも知れないが、夏の仕事は一向に片付かない。