日替わり天気

2020年3月16日 晴れのち雪 -4.4/℃

時ならぬ雪のように感じてしまった一昨日の、実は恒例の3月のかみ雪も数㎝積もったけれど昨日一日であらかた融けた。今日は予報に反して朝からいい天気かと思っていたら急に豪雪、30分足らずで見渡す限り真っ白になった。

以前、図書館で借りた江戸期麻績宿の役人の日記、寒い季節にはしばしば「朝はあてあり」という記述があった。「はあて」は「疾風、ハヤテ」の音便で、雪交じりの強風を群馬辺りでこういうそうだ。長野県人の図書館司書さんたちも聞かない言い方らしい。各種辞書にあたっても項目がなく、まさかのウェブ検索で一発ヒットした。たまにあなどれない。といっても、結果の真偽を判定する能力がこちらになければ、検索頼みを続ける限り、知識の多くの部分がウェブ上での経験知ということになり、やがて世間ではウェブ知識同士が出会ってやあどうもと握手するような事態になるだろう。この頃は握手も忌み嫌われるらしいが。

「はあて」に関しては鵜呑である。それ以来、風と共に雪がちらつくと、「はあてあり」とつぶやく癖が付いた。今朝も「はあてあり」と外を眺めていたら、見る間に雪景色、降りやむ様子も予報もない。こういうのもはあてというのだろうか、はあて(これは洒落です)。

冬期のヤギ小屋。片付ける速さが散らかる速さに追いつかない。この中にいると(外から見ても)エントロピーは絶対に増大する、ということが身に凍みて判る。

生き物係りさん、雪掻きのついでに猫叩き。日暮れ直前の雪掻きは危険です。翌朝、ツルツルに滑った。

3月17日 晴れ -8.9/12.9℃

明け方の短時間だったと思うが、3月にはあり得ない冷え込み。今週は冷え込みが続く予報だったので、14日から、ヤギは夜間再び小屋に入れている。7時少し前にヤギをパドックへ。もう少しだけ、朝のヤギ小屋掃除を頑張ろう。それにしてもヤギも猫も、よく裸足に裸で平気だな。こっちは靴下2枚重ね、服は上下とも4枚重ねでも震えてるのに。人間は弱いね(ロビンソン・クルーソーは強かったか?寒さに震える描写はあったっけ?そもそも内容をほとんど覚えてないな。階級制度への嫌悪の印象だけで)。
昨日の雪が無かったら樹木の新芽、野菜の越冬株は相当被害を蒙っていただろう。今年はそれほど運が悪いわけでもなさそうだ。今のところ。

3月18日 晴れ -0.5/℃

数年前からモデムの調子が悪く、繋がったり繋がらなかったり、ウェブ上の作業に著しいストレスを感じている。昭和のやり方でモデムをふったり軽くたたいたりすると繋がることが多かったが、ここ数カ月、繋がらないことが当たり前になっている。それでNO作業日誌も滞りがち、とは言い訳。

今日、ソフトバンクのテクニカルサポートセンターに電話してみた。以前、しばらくお待ちください、と言われてさんざん待たされた挙句、後ほどおかけなおし下さい、とはねられたことがあって、かなりめんどくさい気持ちがあった。ところが今回はトントン拍子、2分ほどで「モデム交換、2~3日後にお届けします」と落着(手続きだけは)。いずれにせよ、そう簡単には生身の人間とは話が出来ないようになっている。こちらの困り事が想定問答集に収まっていてラッキーだった、と思う反面、チャート式にあしらわれて癪な気もする。俺の中のモンスターがそう言っている。その数分後、突然モデムが復活、ネットが繋がり、念のためソフトバンクのネット環境についてしばらく閲覧、ソフトバンクのサイトを閉じたらその瞬間にダウン。おいおい、本当かよ。陰謀論が頭に渦巻くのを抑えられない。

俺の中ばかりでなくともモンスターはいる、というより、人は基本的にモンスターであり、その集合意識の抑圧がたまに、或る運の悪い個人、スケイプゴートの肉体を借りて暴発する、この頃我々が学んだ仕組みでいえば、「ベント」が行われるのだろう。社会のあり方を変えなくて済むように。その後始末としての国家の仕事は、「責任者個人の抹消」で済むのか。もしも、私たちがモンスターであることを容認できないならば、相当な手間と費用をかけて、費用をかけるばかりでなく、黙っていれば入って来る筈の稼ぎをみすみすふいにしてでも、今現在当たりまえと思っている社会のありよう、個々人の意識のありよう ───天皇制から親子の関係、わたしとあなたがいるしくみ、までを疑い直す必要がある。それがモンスター性を削ぎ落とす(たぶん無理)試みにつながるものなのか、性悪説を前提に人の皮をきっちりと被り直す努力なのか。

倫理と言うものを、具体的に生活の上に展開して見せること。どんな神様も招請することなく。

自分のあずかり知らないところでたまにガス抜きしてもらったほうが楽か。

3月25日 晴れ -6.4/たぶん暖かい℃

年中発情するようになってしまったミミがギーを挑発するので、電柵で仕切られただけの雌雄境界は週に1、2度役に立たない。まさかの近親交配。夏の出産?わーい♪

モデムを交換して、やや接続が改善された。それでもたまに切れる。フォームデータやフェイスブックのお知らせを入力し終わって送信、とかいうタイミングで。いまいち信頼できないので、ここも繋がるときに更新しておこう。

備忘 3/24
温湯消毒、塩水選。うるち1.2㎏、白黒モチ各600g。
あきたこまち 60℃10min
もち 60℃7min。
塩水は水 1.2Lに塩320g。卵が横向きに浮いた。

今回はモキのストーブの上でアルマイトの大鍋使用。お風呂よりも、寸胴+コンロよりも温度管理が楽だった。600gの網袋ふたつでは一度さし湯が必要だったが、袋ひとつなら火加減も変えずにおよそ15分、きっかり60℃を保った。あらかじめ、種籾をストーブ前の暖いところで人肌くらいに予熱しておいたのが良かったかもしれない。
塩水選は、塩をもったいながって総容量を絞ったせいで、とても時間が掛かった。時間は掛かったが、少量の水でも何とかなる。だんだん薄まるのは避けられないが。最後、一番塩分濃度が低いはずの朝紫が一番浮いた。出来が悪いのか、特性なのかはよく判らない。

ナス科の育苗の事など

2020年3月11日 晴れ -1/12℃

雪が積もらない冬だったから雪融けもない。心躍らせる太鼓のリズムもラッパの響きもなく、さあ受け取れと迫られもせず、喜んで取りに行くでもなく、しれっと春。それでもフキノトウは少し採ったけど。

厳しい冷え込みもないのでこの数日、ヤギたちは夜間も屋外放牧。雨避けのシートを手直ししたら早速手厳しい点検を受ける。朝までもつかな。

畑のNO作業もぼつぼつ始まっている。

先週麦踏みと麦畑の排水路堀り。掘ってる途中で畦シートが出土して中断。

今月3日、ナス科の芽出し。ポケット催芽は袋がむやみに増えて煩雑だったから、20㎝位のタッパーでいっぺんに7種、猫用の湯たんぽの熱を利用。トマトだけ小袋で2種。品目は、

トマト:サンマルツァーノ(推定)、ブラジルクック、
ナ ス:真黒、小布施丸、
トマトフルーツピーマン、品種不詳のピーマン2種、
タカノツメ、シシトウ。
ナス、ピーマンと一緒に育てるとトマトには暑いのか、発根も発芽も早かった。

品種不詳とか推定というのは、種採り過程で己の記憶力を過信してラベルを付けなかったものたち。さっぱり判らなくなった。ともあれ、長い長い育苗期間が始まった。

一昨日、コッレヴェルデ農園の育苗ハウスを見せてもらったら、キャベツなどアブラナ科の双葉がいっぱい育っていた。そうか、春もキャベツ播いていいんだ、というかナス科より先に播いていいのか、と思うとそわそわして、野口種苗で13種ほど注文してしまった。播き切れるのかよ。

2週間ほど前にエンドウを播いた。忘れないうちに記録しておく。

自分がこんなに忘れっぽくなるとは思わなかった。夜も更けたけれど、少し黙祷。

初冬雑感

2019年11月18日 晴れ時々曇りのち雨 4/20℃

裏山はすっかり紅葉したのにおしゃべりなドロノキばかりはいつまでも青いままだな、と思っていたらドロノキだけが真っ先に落葉。そういうもんだったかな、でもちゃんと気にしたことは無かったのだな、と思い知る。気にしたからと言って愛した事にはならないってのはわかってる。でもドロノキは好きだよ。

土作りという事を意識し始めてからほうれん草が育たない。適当に播いた初年度が一番よかったな。俺は一生懸命土をダメにしているのかも知れないな。まあほうれん草たべなくたっていいや。スイスチャード食べるから。

豚コレラ予防のため、山に入った時は靴の泥を落としましょう、とか言ってるけど、隅々までイノシシにほじくり返されてる山際の畑をトラクタで起こした後、全ての泥を落として帰るなんて芸当はできないよな。豚(に限った話じゃないけど)の過密飼育をやめろよ、先に。

耳が千切れそうに冷たい風が吹いた翌日、生温かい風に汗かいたり、常と異なる展開を異常に気にしないではいられない今日この頃。狂ってきたのは現象界か観念か。色即是空。(現象の方だろうけど)

多くの人が(誰もが、とは言えない)グレタのように愚直に思ったことを言える年齢を過ごしながらその時にそうしなかったせいで、なんだかんだと理屈をつけて正論を疎んじる年頃(おっさんおばさんの事だけど)にくたびれ着いて、つまりグレタを批判することは、おのれが醜くブクブクに太った事を恥知らずに正当化しようという哀れな試みに過ぎない。ねたみ。

労働者でもない老人がジーパンを履いていたら、いやだなあ。

でも、初めて「ジーパン」という言葉を聞いたとき、頭の中で「爺さんのパンツ」というイメージが発火したことは否めない。日本人なら身に覚えがあろう。ファッション雑誌なんかでことさら「デニム」なんて言い方をするのは爺さんパンツの呪いを頭から追い出すためだ。

子どものような感じ方をすることは、誰にも珍しい経験ではない。それを人に伝えようとすれば、ほんのわずかな瞬間に、AI には到底不可能(希望)な早業で年齢相応の注釈、訂正、言い訳、ごまかし、開き直りを付け足して見せる。自分でもそれに騙されて。感じたままを伝えようとすれば、お返しに馬鹿扱いされる。それは正当な報酬なのだ。笑って受け取ろう。

素通りするよりは蹴り飛ばせ。そうすることが避けられないなら、愛するものを踏みつけろ。おまえのバナナ足で。

秋のNO村と少女たちの声について

稲刈りが終わって、秋らしいカラっと晴れた日が続いてほしいところ、大体どんよりしてたまに晴れ、結構まとまった雨も降ったりする今日この頃。NO作業もアブラナ科の間引きに突入、毎年思うが、種まきを丁寧にやれば間引きがうんと楽になるんだよなあ。播いた頃はまだまだ暑くて半分虫に食われる覚悟だったから、だいぶ厚播きになったのも仕方ない。

大根のおろぬきでほとんど瞑想状態になっていると、上空でカラスが鳴く。見上げれば十数羽のカラスの群れ、にしては鳴いているのは1羽だけ。よく見ると、タカの群れであった。単独で飛来するトンビなら狂ったように追い掛け回すカラスも今は多勢に無勢、たまにカアと鳴いて一応縄張を示威する程度。タカの群れは優雅に旋回しながら北から南へゆっくり移動していった。

*        *        *

表向きは落ち着き払って、グレタ トゥンベリの足元をすくうのに必死になる政治家たち。予言者のように振る舞う(予言者だと俺は思う)この少女の大衆運動への影響力を怖れているのがよくわかる。誰もグレタの言ったことの中身には応えようとしない。反駁できるわけがない。あまりに真っ当な話だから。大気汚染を云々するために飛行機(それも多くの「要人」たちは専用機で)に乗って集まって来るのが本末転倒なのはわかりきっている。経済成長を止めない限り二酸化炭素(および放射性廃棄物)の排出を抑えられないのはわかりきっている。だがこういうことを普通の人々は本当には分かることが出来ない。分かると社会に居場所がなくなる。分かるのは「一人前の人間」になる前の子ども。セヴァン=スズキの伝説のスピーチというのがネットで見られるが、12歳の少女(いつも頼りになるのは「おんなこども」!)が生態系の危機を世界に訴えてから30年近く、やっぱりほとんどの「おとな」は分かりたくもなかったんだろう。

それで俺には何ができる?所詮、燃えるアマゾンに注ぐハチドリのひとしずくの水。どうせハチドリのひとしずくと言うなかれ。どんなに大きな海の水もハチドリのしずく何倍分と計算することが出来る。と言えば、グレタは、そして子どもたちは、私たちに永遠の時間があるならそういう計算にも意味があるかもね、とやりかえすだろう。おしまいの扉はとっくの昔に開かれている。

無力感。無力感からの逃避としてのささやかな日々の小さい幸せ。

たとえ蟷螂の斧でも。猫の手でも、ヤギの頭突き、俺のNO業。それでいいのか。

 

 

夏の終わりに

2019年8月26日 晴れ 17/27℃

prepare, you sweet flower, for winter advances,

汝うるわしき花よ、近づく冬に備えよ、

という歌がある。邦題はたしか「夏の終わりに」だったか。秋をすっ飛ばして夏からひと息に冬になってしまうようなイメージに軽い違和感を持っていたのは昔の話。短くも耐え難い暑さはお盆が過ぎると祖霊(信じてないけど)とともに黄泉に去り、8月も後半になれば冬支度の段取りを考え始める(毎年上手くいかないけど)当地では、夏と冬は隣り合い、その間に秋の気分が軽く漂う(漂わない年もある!)。夏の花は季節の移ろいに色あせてゆくのではなく、冬の寒さで枯れるのだ。おお高冷地!

よく晴れた一日。青空の下で仕事をしても汗まみれにならない。おお信州!

夏野菜はかつての勢いをひそめ。間に合わせで作ったキュウリ棚が種採り果の重みで倒伏。間に合ってなかったらしい。トマトがやっと色付いて食卓に上がる。

昨年不振のカボチャが元気だ。キュウリもそうだが、ウリ科の蔓はだいたい進んでもらいたくない方向に伸びる。放任しているが、ほかの作物や通路の邪魔になる蔓は切らざるを得ない。そういうところには必ず実が着いていて、はさみを持つ手の動きが鈍る。時に長考に及んで他の作業にしわ寄せがいく。長考に及べば大体、関係のないことに妄想は移る。NO業生活至福のひと時。

田。以下画像は全て23日。

黒糯がずいぶん遅れたけど全面、穂が出揃った。養分のバラつきなのか、背の高さが波打っている。

豆畑。

手前はナス。木は育たなかったが、着果はまずまず。晩生の丸ナスがこれから頑張ってくれるのか。頭でっかちのひまわりが今日は豆の上、ペポカボチャの上に倒れ込んでいた。ここでもカボチャの蔓は予定の中央方向へは伸びず、真ん中が無駄に空いている。

守田。

ささげやキドニーをツイツイ収穫。地道にコツコツ。脱穀、選別も手作業。この労力を考えると、豆の値段はすごく安い。効率よくドバーッとやろうとすれば、環境負荷もドバーッと増える。もっと楽して増収、という甘いささやきを、額の汗と一緒に拭い捨てる。捨てたものを未練がましく横目で見ながら。

ともあれ、夏は乗り切った。秋風をうれしく感じながらも、冬野菜の種播き、どころか畑の準備も終わってないことに少し焦る。prepare、俺。

風立ちぬ。でも台風のせいかも。

8月12日 22/35℃ 晴れ 山の日の振替休日(猫の日やヤギの日はまだないか。「私の日」という祝日を作ってみんなが自分の事を深く考えるきっかけにしたらどうか。そういう意味では「あなたがたの日」の方が意義深い。私が生きるために殺された者たちの日、とか。お野菜の死霊も。天皇誕生日も、「天皇の日」にして、アンチの群衆も祝日を無駄に過ごさなくて済むようにしたい。あっ、「国民の祝日」だから非国民には元から関係ないのか。今日は日航機墜落の日でもあるね。ミサイル誤射説は完全に封印されているね)

*        *        *

去年は記録的に暑かった、とかあの冬はもう凍え死ぬかと思った、とか、頭の中にはいろいろデータがあるような気になったり、無意識のうちに捏造したりもするが、暑さの記憶も寒さの記憶も、身体は一年も覚えていない。本当に?少なくとも、村暮らしを始めてからはそうだ。

雑司ヶ谷の貧乏長屋の夏は暑かった。ただでさえ暑い亜熱帯の都会の低地の路地のどんづまり、原発反対、と脂汗を流しながらクーラー使うのを我慢して窓を開けておれば、近所一帯の室外機から吐き出された熱風が流れ込んでくる。天然自然とは別の、人為的な暑さ。

あの頃の暑さを体感として覚えているような気がするのは、熱害をもたらした犯人がいる、俺はそいつに苦しめられている、という被害者意識、怨念が絡まりついているせいかもしれない。怨念という、一種の感動「体験」が、記憶と感覚を分かちがたく結びつけて。

ともあれ、この高地では、夜ともなれば涼しい風が流れ、寝苦しさなど無縁の世界。夕べまで一週間くらい寝苦しかったけど、明け方は肌寒くてタオルケットを首まで引き上げ、足元のくにゅ(猫)のお腹に爪先を潜り込ませた。

日差しはまだまだ強いけれど、薄いフィルター一枚挟んだように、ほんの少しよそよそしい。南西の木立の影が、じわじわと領分を広げる。日暮れ前、ヤギたちの草の食べっぷりに焦燥感が見える。

もうヤバいのか?

晴れない7月

7月17日(水)曇り時々晴れ、夜驟雨。

玉葱やニンニクは普通、梅雨の晴れ間が2~3日続いたときに収穫するが、今年は畑で乾かす時間が取れなかった。たまに晴れ間がのぞくと驚くほど暑い。それで明日麦を刈ろうと思うと毎晩雨が降る。イネ科の雑草が勢いよく伸びる。

去年育苗大失敗のナス科の野菜たちが今年はまあまあ生育中。7月にピーマン、ナスが食べられる喜び。待ちきれなくてすごく小さいうちに取ってしまう。木を育てなきゃ、とか言いながら。トマトは育苗もしたが、4種類の自生がわんさかあったからそれも畑に移植した。今年こそ、自家野菜のガスパチョを食べられるかもしれない。願わくば暑いうちに。今のところ一日中暑い日はまだない。

田んぼ。7月1日。

田んぼ。今日。

日照不足で成長はゆっくり。稲よ、イネ科の雑草に負けずに伸びてくれ。KYOKOさま、毎日草取りありがとう。明日から俺もやるよ!たぶん。

毎日4時頃、ヤギを柵から出して繋牧でお食事。うちのヤギたちは繋牧が嫌いだ。あちこち歩き回りながらいろんな種類の草(とかチャンスがあれば果樹の枝葉や樹皮)を食べたいのだ。ヤギの飼い方について述べている多くの書物で、ヤギは繋いでおくと届く範囲の草をきれいに食べてくれる、などと書かれている。そういう状態がもし実現するならば、NO場の基準からすると、それは虐待である。パーマカルチャーとかいう、自然に優しそうな本の中でも、ヤギは除草機と思うべし、みたいなことが書いてある。ヤギ好きの人々はこれを無神経で嫌な言い方だと思うだろう(俺はそう思う)が、実際には言い得て妙なところもある。掃除機が、時に吸い込んでほしくないものをよりによって吸い込むように、ヤギも、絶対に食べて欲しくないものを素晴らしい瞬発力であっという間に食べてみせるのだ。

この間までは、繋牧の縛めから自由な2匹の子ヤギがいた。夕刻前の繋牧の時間は、畑や果樹を子ヤギから守る時間でもあった。日に日に食べられる草の種類が増えて、もう乳離れしてもいい大きさになっても、夕暮れ時にはやーのおっぱいに食らいついた。

子ヤギたちはこの写真の翌日、大町の若き林業家にもらわれて行った。それからもう2週間以上経った。

永遠の家族NO業

毎日飽きもせずNO作業。飽きるわけにもいかない。

種播きがいろいろ間に合わない。明日はもう夏至かよ。今日はトウモロコシの播種。去年、五里田の畑に作って獣にやられて全滅。全滅しても寝込むほどにはがっくりしないのが小規模栽培のいいところ。今年から国連「家族農業の10年」が始まったらしい。国連では「小農の権利宣言」というのもあったはずだが、何でも大きければいいと思っている合州国は反対、どう見ても小農の国の日本は棄権。アメリカ様には逆らえないから。

今年は裏庭畑。しばらくやぎの採草地にしてたらシロツメクサでびっしり覆われてしまった。斜面の流れ止めにはいいが、網のように張り巡らされた匍匐茎がモグラ、ネズミの巣作りにもいいようだ。根っこは直根、引っこ抜くと黄色い何かの幼虫(最近思うのは、幼虫が虫の本当の姿で、成虫は生殖のための特異形なのでは、ということ。人間に敷衍すれば、子どもの姿がもっともすぐれた状態で、大人というのは、生殖のために仕方なく存在する一時的な姿。大人以降の人間の寿命が長すぎるから、この感覚を想像するのはむつかしい)が住処にしている。こいつらは作物の双葉が頭をもたげ始めるとよってたかって食ってしまう。シロツメクサをあらかた剥がし、小型耕運機で引っ掻いてレーキでならす。ちょっと掘るとすごい粘土。百年くらい続ければ畑らしい土になるのか。百年後、ここは間違いなく山に還ってるだろう。汚染土で埋め立てられていないことを祈る。

夕方はヤギの散歩。行き会う人もなく、ただヤギ6頭、ヒト2人、ブヨ3千匹。ハッカ油スプレーを試してみたが、効くのか効かないのか判らない。横殴りの雨に差す傘みたい。あきちゃんの泣く声があきちゃんのようだ。

 

田植えが終わってもヤギは雨が嫌いだ

今年は雨が降らねえな、と思っていた。移植したナスピーマン苗は植え傷むし、芽が出たレタスごぼうは枯れて消える。ヤギが食べた雑草も二番草が容易に生えてこない。ただ、からりと晴れた天気は気持ちいいし、虫も少ないし、ノラクラ暮らすだけなら(わりとのらくらしてるけど)ずっとこのままでもよかった。

と思っていたら梅雨入り。農休みを喜んだのも束の間、昨日からはずっと雨がちで気がめいる。一方作物、果樹は息を吹き返し、辺り一面雑草が伸び放題で景色が一変。一方ブヨ大発生。こいつらが目や耳に入るのはどうしても慣れることが出来ない。慣れたら何か病気になりそうだけど。修行が足りないのか。

修行のように黙々と豆畑を耕すKyoko。「耕さない農業が地球温暖化を抑制する」と題するレポートで、福島大学の金子信博教授は、耕すと土中の有機質の分解が進んでCO2濃度が上がる、と述べている。まさかこうやって手仕事でコツコツやってる分には問題ないよな(俺はこのごろトラクタでやっちまうけど)、と思いきや、「一般に、土壌有機物の減少は、農家が実感できるほど速くはない。そのため、世界各地で世代を超えて土壌劣化が進行することによって、最終的には多くの文明が終焉を迎えたと考えられている」のだそうだ。現在、土壌劣化進行中。

どうやっても、人類が頑張り続ける限り、滅亡に向かってゆくのは避けられないのだろう。このままではかなり多くのその他の種族を道連れにして。明るい未来は、無い。それでも、若いうちはそういう夢を信じて生きるのがよろしい。若者が楽観的な虚構の中を生きられるよう、年寄りの夢はトレードオフされ、冷たい現実を引き受けるのが正しい。老いも若きも能天気に楽しい社会があるならば、そこでは人間以外の世界を蹂躙しているに違いない。カミサマ、ユタカナメグミヲカンシャシマス!とか言って。

代掻きは昨年から小型歩行式トラクタで。機械代掻きで田植えが劇的に早く、楽になった。田植えの時に田植えしかしないから。不耕起田んぼだと、田植えするのに棒で穴あけてひどいでこぼこは直して雑草取って、と何倍も手間が掛かるうえ、田押し車を転がしても草が浮かないし、車の歯がひしゃげる。いや、いつか還って行こう、不耕起田んぼ。

今年の田植えは6月4日から9日まで、梅雨入りした7日を除いて、のべ5日間、20時間くらいか。

30㎝角植え。縦横田押し車を走らすにはこの間隔が必要。手取りは最小限に。

みのる式のあきたこまちは苗がイマイチ育たなかったので、3分の1くらいモチにした。モチ苗は苗箱に4枚だったから、育苗に失敗しなければ、苗箱は田んぼ全体で12枚あれば足りる(机上の)計算。

今年、苗代の代掻きをしなかったせいか、苗箱の下にモグラかネズミがトンネル掘って進んだような跡があった。苗箱は遅霜に耐え、カラスやキジにつつかれ、狸に踏み荒らされた。鳥避けの反射テープをぐるりに張ったら被害は止んだ。

 

梅雨入りしてから、やーと子ヤギたちがすさまじくブヨにたかられる。あまり良くないと思いながらディートの虫除けを擦り込んでやる。今夜は雨もひどいので、久しぶりに分娩房だった納屋に入れた。子ヤギが二つの白い毛玉に過ぎなかった頃は、やーがのびのびと独占していた空間も、今や3頭のヤギですこし手狭に感じられる。

母屋にいても時折聞こえてくる親子の声。俺の耳には「ケタケタケタ」と聞こえる子ヤギの声。やーの甘えたような哀しい鳴き声。

 

2019年の田んぼ、機械化について

田んぼは、いい。いかにも農業っぽい。田植えしますと言えば農家のような顔ができる。だがこれは都会の感覚。農村では、先祖伝来の田んぼを領有しているがために仕方なく稲作を続けている人がたくさんいる。安くない費用を払い、全ての作業を委託して田んぼを維持することも珍しくない。それで、5畝ばかりの田んぼを手植えで田植えしてもほめる人はいないし、農家らしくみえるなんてこともない。

「三本鍬で手起こし、田押し車と自作巨大エブリで代掻き、手植え、手刈り、はぜ掛け天日干し、足踏み脱穀機で脱穀」ではじまった米作りも、8年経った今年は、「乗用トラクタで起こし、手押しトラクタで代掻き、バインダで刈り取り、ハーベスタで脱穀」という計画。機械を使わないのは手植えと草取りとはぜ掛け天日干しだけ。歳を取って昔のように動けなくなると(動ける気でいるからたまに怪我をする)機械の誘惑は抗いがたい。

今日も、30℃を超える暑さの中、トラクタに乗って畑を起こしていても、汗ひとつかかない。新しい色で塗りつぶすように土を砕いて進むトラクタ。その前方、右に左に青いカエルが逃げ惑う。ギリギリの間合いでタイヤから逃れるカエルたち。踏みつぶしそうになったら、俺はブレーキを踏むだろうか?単調な作業に軽く揺すられ続けて、かつて俺であった何かがさらさらと崩れはじめる。日焼け防止の長袖作業着に包まれた体のどこかに「堕落」の二文字が刻まれるが、俺は痛みを感じない。