いつまでも雪と寒さが続くこの冬のNO場

2022年2月20日 日曜日 雪のち晴れ、あと降ったり止んだり

11月末に氷点下8℃におそわれて以来、暖かい日もたまにはあったけれど、基本的にずーーーっと同じように寒い冬。朝の最低気温が氷点下3℃くらいだとホッとする。去年一昨年が雪の少ない冬だったせいで今年の降雪は心身ともにこたえる。特に今日のような湿気を含んだ雪の日は。

 

「戦争がはじまるぞ!」とヒステリックに戦争を煽り立てる以外にみんなの気を引くことが出来ないバイデン、と何の批評もなく言われたことをただ垂れ流すだけの朝日新聞(紙では朝日新聞しか読んでいない)。ロシアを叩くと部数伸びるのか?ワリエワの記事もそうだけど。流れに棹差す記事を書ける記者はいないのか。今のレベルならもうAIでも書けるだろう(もうAIだったりして)。

死の匂いのするニュースほど、はしゃいでばらまかれ、歓呼で迎えられる。軍事関連の株は上がるだろう。それを批判すればするで妙な熱がこもり、ほとんど嬉しがっている自分に気付いたりもする。頭を冷やせ。戦争にしてもオリンピックにしても国境を越える熱狂は御免蒙りたい。

 

今日の朝ごはんは(も)黒パンとじゃがいも。今日は農協コープのキャベツも入っている。今年もキャベツ結球しなかった。ロシアもドイツも黒パンとジャガイモとキャベツ好きな気がするが、文化的親縁性を論じたものはあるか。

 

お知らせ

ブラック・ジャッ子はソフトバンクのスマホを解約して1週間ほど前から音信不通ですが無事です。連絡はメールか、私に言付けていただいても構いません。

お役立ち情報

2021年10月12日 雨

 例年のNO作業はどんな感じで進んでおったか、過去記事を参照しようとして驚いた。投稿の間が開き過ぎて、作業日誌としてほとんど参考にできない。ここ数年、現物の日記も付けないから、年々衰える記憶)に頼るしかないが、当然全く頼りにならない。若い頃は頭に入った細かいことが忘れられなくて随分苦しんだもんだ今だから言えるけど。

 どんなことでも記録しておこう。今は役に立ちそうもない情報でも、後から見たら貴重な記録になっているかも知れない。

 今日の朝食。自家製南部小麦のパンとジャガイモ。これ昨日だな。昨日11日は脱穀した稲わらを束ねて小屋に収納、その前に白小豆の収穫、その前日10日、稲の脱穀、その日の午前中麦畑に切り倒した松の片付け、伐ったのはその前日、、、参照しづらい日誌だね。

 今日は一日降ったり止んだり。外の仕事をする気にならないので、拾い集めて乾燥させておいた(放っておいた)栗の調理に取り掛かる。中身が乾いて鬼皮がペコペコする。このまま吸水させるとどれだけ時間が掛かるかわからない。で、鬼皮だけ剥くことにする。拾ったばかりの栗は剥くのが一仕事だったが、こいつははるかに剥きやすい。現在吸水中。

 ヒラタケ収穫。今年初、原木一本だけ出てた。今夜のパスタの具になった。

 昼過ぎ、ヤギの虫燻し。火をたくとみんな寄って来て煙にあたる。柴又の帝釈天を思い出す。ギーは必ず煙に顔を突っ込む。

 子ヤギはやっぱりケムが好き。怖いくらい近くに座る。トンカは蹄で熾きを掻く。マザーグースに、熾火に足を突っ込む女の子の歌があったよなあ。ナンセンスな詩だと思っていたが、暖を取る妙案だったか。

  *        *        *

 岸田某(名前思い出せない)が首相、この脱力、肩透かしを食らった感じは既視感がある。元号の発表だ。もうどうでもいいや、と思わせるのが狙いなのだろう。投票率が上がれば自民党は議席を減らすのだから。朝日新聞はすっかり自民党の選挙広報紙のようになっている。これで野党が議席を伸ばしたら奇跡だ。元は自民党分派の立憲民主党が主体の野党じゃなあ。奇跡的に政権交代があっても自民党が決めた政策には、「ただちに影響はない」。

 共産党はもっと怖い人を表に出していただきたい。隠してるんだろう?泣く子も黙るような革命の闘士を。田村智子はちょっと怖い。

 

 

 

自給自足への道なかば、でもとにかく半ばまでは来た

2021年10月4日 晴れ

このところ朝の気温は12~13℃、朝露で草地は小雨でも降ったかのように濡れている。

最近の朝ごはん、カボチャのポタージュ、大根葉とじゃがいものソテー、栗の甘露煮と全粒粉パン。自給率高い。でもコーヒーはインスタント。

今年の稲刈り。藁束の量は平年並み、黒糯の稈が短く、粒も小さいか。NO作業真っ盛りの時期にも、稲刈りが済むと一息つけるような気がする。気のせいだけど。

夏生まれのせいか、子ヤギの成長が早い。特におっぱいを独り占めにしている疑いのあるベロ(兄)は子ヤギというより小ヤギ。妹のトンカはミルクの半分は粉ミルク、生後間もなくから自立心が強く、ヤーより乳母ブラック・ジャッ子になついているかも知れない。

子ヤギはとっても焚火好き。よく焚火の横で休んでいる。虫除け効果がわかるのだろう。少なくともNO場のヤギは例外なく適度な炎と、特に煙が大好きである。朝な夕なのブヨ、蚊のピーク時には、けたたましい声で焚火(煙幕)を要求する。煙が立つと、その周辺の虫密度は煙の流れない方向を含めて広範囲でぐっと下がり、ヤギたちは落ち着いて草を食べ始める。焼けた草引っ張り出して食べたり熾きの上で寝たり。熱くないのかな。この人(ヤギ)たちを見ていると、動物が火を怖れるというのは人間の願望にすぎないのでは?と思えてくる。

それでも、鹿や狸は火を怖がって、焚火の跡があったらその周辺から速やかに立ち去ってもらいたいと希望しています。

秋は子ヤギの駆け足で

2021年9月22日 晴れ日没の頃から雨

 この頃早起き。こいつらのお蔭で。お母さんがおっぱい飲ませてくれないから、人が絞って授乳。台所は土足禁止だよ。

 人の朝食。クボタミックス粉(小麦2種、ライ麦2種、スペルト。古いクボタハーベスタが掬い上げきれないで螺旋下に大量に残る穀粒使用)のパン、ジャガイモと野生ヒラタケの卵焼き、きゅうり。今年はナス、ピーマンがあんまり穫れなかった。ピクルスキュウリもダメだったな。

 蒸し暑い午前中、他所の田んぼのはぜ掛け。他所の仕事は作業の手が速い。手抜きじゃないけど、慣行農法の田んぼでは、決まりきった手順を決められたようにこなしていくから迷いがない。工場や、会場設営の現場仕事に近い。面白いのと金になるのは、今のところ一致しない。

 昼下がり、暑すぎる秋空、虻の復活、ヤギの放牧、赤とんぼ。

 子ヤギの角も伸びてきた。除角はしない。角で突かれて怪我しようとも。去勢はするよ。猫も大勢避妊去勢したし、死後は地獄行の可能性が高い。どういう責め苦か想像もつく。痛い。

 お膝でおねんね。どんな夢見てるのかな。NO作物踏んだりかじったりしないでね。

ヤーの出産 その2

9/4 雨、雨、雨!肌寒い一日

 ヤーの最後の発情は3月末だったので、普通に考えると出産は5か月後の8月末で、今回も計算通りなのだが、私は独自の推論(今となっては根拠が思い出せない、、、)で懐胎があり得たとすれば3月頭、出産があるなら8月初頭だと見当を付けた。それで、7月も終わろうという頃から、ヤーの出産の兆候を気にし始めた。その兆候とは、ヤーの場合、

1、横張りだったお腹が、下に垂れる。真上から見ると、腰椎がくっきりと浮き出して見えるようになる。

2、生殖器、つまり産道出口が伸びて、出っ張ったり引っ込んだりを繰り返す。大リーガーの口元みたいに。

3、おしっこがリンゴジュースのようなフルーティーな匂いになる。フランスワインの鑑定用語には「出産を控えたヤギのおしっこのような香り」というのがあるらしい。「猫のおしっこ」のほうが知られてるけど。

4、落ち着きがなくなり、とにかくウロウロする。ヤギは元々落ち着きがなくてとにかくウロウロするものなので、このポイントで判断するのは中々むつかしい。一般には、「食欲がなくなる」もあげられているが、ヤーは陣痛が始まって座り込む直前まで食べている。

 パッと見で判り易い 1、のお腹の変形を主に観察していたんだけど、今回は誤診続きだった。今日産む!と思って午前中をヤーの後追いでつぶした幾日かの後、うんざりする長雨に見舞われたこともあって、予定日を次の可能性、3週間後に移した。

 こんな雨の中で生まれたらいやだなー、『みにくい白鳥』読みたいなー、と心にカビを生やして鬱々しながら迎えた予定日、雨が上がった。朝、ヤーはいつものように落ち着きなく歩き、お腹は変形し、産道出口にオリモノが見られ、甘酸っぱい(推定)おしっこをした。前回は産むと決めた朝から夜の8時まで粘ったので、そのくらいの長丁場は織り込み済みである。怪しい素振りがある度に「ヤー、産む!?」と尋ねるが、その度に判読不可能な曖昧な態度で肩透かしを食らったのか食らわないのかも判らないまま「まだ、産まない、ね、、、」と引き下がる。午前中いっぱい、「産む!?」「産まない、、、」の繰り返し。

 そして昼過ぎ、ヤーが自分から納屋の出産部屋に入った。

 小屋に入ればふつう、寝るか食べるかのどちらかなので、ウロウロしているのは明らかな前触れ。イナバウアーのポーズを取る。座って片脚を投げ出す。呼吸が速くなる。疑いようがない。夜には生まれるだろう。

 日が暮れて夜になってもヤーの様子は変わらない。ルーティンのように仰け反り、座り込みを繰り返し、時折座ったまま後脚で地面を掻く。前回実績の8時を過ぎ、9時を回っても取り立てて変化なし。仮眠を取って11時に様子を見たが、少し疲れたのか、落ち着いてしまったようだ。じゃ、明日産もうね、おやすみ。

 「GMHEE~!」ヤーが叫ぶ声で目が覚めた。午前零時過ぎ。納屋に駆けつけるとヤーが苦しげによろめいている。寝床の地面が濡れている。出産、保育期、ヤーは小屋を極力汚さないよう、おしっこは寝床と別の決まった場所にするので、これは破水だろうと見当が付く。産む。

 唸り声を上げて力み、産道が膨らみ、また萎む。くずおれて足掻く。これがまた朝まで続くんじゃないかと不安になる。そのまま(眠くて)気が遠くなるような時間が過ぎたように感じられたが実際は30分ほどのち、とうとうお馴染みの羊膜が現れた。鼻と蹄も見える。と、風船ガムのように引っ込む。ヤーは痛いよう、痛いようと鳴き続ける。前脚が片方引っかかってるのかな? そういう場合は手を突っ込んで両前腕を揃えて出口に誘導しろ、とか無茶なことが書いてあったな。畜生(事実)、そんなことできるかよ!

 羊膜の出入りが3度繰り返され、次に出てきたら介助しようと決める。出てきた。鼻と蹄二つ、よし、正常分娩だ。そろりと引っぱり始め、スルスルと引っこ抜く、初めちょろちょろ中パッパ、みたいだが、その時はそんなこと思いもしない。半分くらい抜けたら、ヤーが痛がって走り出した。羊膜をつかみながら追いかける、ヤー逃げる、追い付かないのが幸いして赤ちゃん羊膜ごとスッポンと抜けて、ぬるぬる滑って地面に落ちた。まあ大きい赤ちゃんだこと! こんばんは、赤ちゃん、私はパパじゃないのよ♪

 ヤーは羊膜を咬み破って、メメメ、メメメと鼻腔で鳴きながら子ヤギをべちょべちょ舐める。子ヤギもじきに鳴きはじめる。メメメ、エーエー、メメメ、エーエー。

 お腹の大きさから二頭は入っているだろうと予想していた通り、再び羊膜出現。いつものように二番目は比較的安産。こちらは一頭目で消耗しきって、実のところ、二頭目は気がついたら生まれていた、という記憶。ひと回り小さいね。メメメ、エーエー、ゲホゲホ、羊水を飲んじゃったかな。大丈夫みたいだね。

 三頭目はどうだろう、と見守っていると、腸詰みたいな後産が出てきた。30cm、村のお肉屋さんなら五百円分くらい、こんな量で済むわけないが、残りがなかなか出て来ない。我慢できずに腸詰を引っ張ったら千切れてしまった。そのあとからまた羊膜、三頭目か、と思いきや中身は羊水のみ。羊膜に続いて血まみれの推定胎盤がボタリと落ちて、想定外の長い長いヤーのお産は無事終わったのであった。

 私とブラックジャッ子はなお1時間ほど喜びと疲労にどっぷり浸かりながら、敷き藁を換えたり、子ヤギを拭いたり、初乳を飲ませようとおっぱいに誘導したり忙しく働いた。8月24日未明の3時間余りのこの労働に対して、残業代は発生しないとのことである。

素晴らしい偶然 ヤーの出産 その1

2021年8月26日 晴れて暑いよ!

 とかくこの世はままならないのであって、計画とか理論の実践などというものは偶然神のまばたき1つであっさりと、時には天地の動揺を伴ってひっくり返されることになっている。

 天地こそ無事であったが(このところ長期的に無事でもないけど)、NO場でも予定外の事件があった。牝山羊ヤーが子ヤギを産んだのだ。予定外といっても、牡山羊ギーが産む筈だったとかヒヨコが生まれる筈だったとかいう訳ではない。出産、懐胎の前提となる事案を把握できていなかったのだ。予定外妊娠。

 春先にギーが女の園に乱入したことはあった。その時はブラック・ジャッ子の素早い対応で事なきを得たと思ったし、その後も忙しさに紛れたせいもあって、そのように楽観していた。田植えと麦刈りが済んで山羊を観察する時間が増えた頃、ヤーヤのお腹が横に張り出し過ぎているのが、食べ過ぎのせいではないと確信するまでは。

眠気に勝てず続く。

秋っぽい

2021年8月10日 小雨のち曇り時々晴れ、昨日から吹き続く強風でトウモロコシだいぶ倒れた

倒れたトウモロコシを起こして間引き土寄せ。10日前にやっときゃ良かったよ。人生を通じて、ほとんどすべての仕事をもうちょっと早くやっとけばよかったと思っているし、これからもそう思い続けるのだろうどうせ。

日差しがないともう秋の気温、晴れれば猛暑。この辺りは暑いのはお盆までだが当局の当たらない天気予報では、お盆期間は大雨。コロナ騒動以降、週末や連休の天気予報が雨っぽい気がするのは気のせいか。人出をコントロールする実験でもしてんじゃねーのと陰謀を疑う。当然、GOTOなんとかが再開されれば、予報は逆になるんじゃねーの。

合州国の当局も重症化は防ぐが感染は予防できないと認めたワクチンの接種率が(金を持っている国だけ)じわじわと上がっている。俺ワクチン打ったもんね、もうマスク要らないし、ソーシャルデスタンスも関係ないね、という(老)人が増えた。怖れるべき事なのかどうかはさておき、ウィルスがかえって広がりやすい環境になったのは間違いない。当然、接種済みの集合の中で(その中でだけ)ワクチン回避の変異を促す力が強くなる。淘汰圧が高まるというのかな。

どんな力に促されてか、稲も穂を出す。

寄る年波に逆らわず(まだ「逆らえず」ではない)今年は手取り除草をしなかった。ブラックジャッ子は頑張ってたけど。私は専ら田押し車をグイグイ押し引きして、いつもより余計に雑草を取っておりましたので、いつもより早い時期に田草取りを終えた。雑草に打ち勝ったと思ったね。それで麦仕事や夏野菜の世話や機械修理に現を抜かしていたら(それみんなうつつだけど)、雑草全開、10倍返し。稲の根を傷めそうでもう田んぼの中には入れない。こうなるとあとは稲刈り直前に刈って歩くしかない。いろんな草の花が咲いてとてもきれいだ。来年用の種も十分に貯えつつある。毎年同じことの繰り返し。ああイライラする。お肌に悪いわよ!

肌荒れにハト麦。一株にあんまり実が着かないね。

こちらはブラックジャッ子の豆畑。これでもいつもより余計に草刈りされているようだ。人生早目にお手当、というやりかたもある。

こうしたら素晴らしいに違いない生き方がもし、あったとしても、みんなが右に倣えをしたら、みんなが同じというそのせいで輝きは消え失せる。つやつやして美味しそうな黒豆の中に、いびつなガルバンソが一粒混ざっていたら、それを食べたいと私は思う。

いつものカリカリの中にマグロの缶詰が混ざっていたら、それをおらは食べたい。by くにゅ。

 

 

空想とまなざし:世の中を見るやり方について

2021年7月30日 晴れ時々曇り夕方から雨、一時激しく降る

相変わらずどこの天気予報もあてにならない。 ウェブの気象データを睨んであたりを付ける方がまだましなくらい。予報も「大多数」を相手に「大局的」にやっているんだろうから仕方がない。小数、個別はそれぞれ各自でやればよろしい。データが公開されているということは本当にありがたい。

昨日29日の朝日新聞26面の隠岐さや香氏のコラムで引かれていた、「物理学史に名を残す」ダランベール(名前は聞いたことあるけど、、、)の言葉を孫引きする。

「接種は国家にとって国民の人口の分だけ試せる賭けだが、個人にとっては1回しか試せない賭けである。」

心配するのは非合理的ではない、無理強い(義務付け)はできない、と続く。国家とはこの場合為政者、お上のことである(なんで”家”なんだろう。ロマノフ家とかブルボン家、天皇家の家と関係あるのか。もとの言葉は”国”と訳していいのだろうけれど)。ダランベールがどこでどういう意図でこう言ったのかはさておき(さておいていいのか)、国は常に大数の論理、統計的な発想で考える。ワクチンを打つメリット、と国が言う時、日本のように1億の人口があれば、千人くらいは犠牲が出てもよしとする(そうしているようにしか思えない)。トランプが新型コロナ流行初期に、何万人なら死んでも「うまくやっている」と言ったか思い出そう。何万人だったっけ。

これは、国や菅義偉が悪いのではない(悪いんだけど)。誰でも、1億という数を相手にすれば、同じような考え方をせざるを得ない。じかに見ることのできない相手を遇するには空想に頼り、空想はしばしば妄想に侵される。やっぱり国という集合の規模が大きすぎるんじゃないか。一握りの責任者が取りしきれる範囲を超えている。日本の場合責任者すらどこにもいない。権力者だけがいて。つまり(つまってるのか)、人間のまなざしで見つめることのできる大きさではない。

たまに人間らしさを保ったまま全世界を見つめるかのような事を言う人がいるけれどあれはあやしい。そういう人に、あのもしオラのことも見えてるだかね、と尋ねるとおおもちろん見ていますよ、と優しく微笑む。もちろん、個別に見ているのではなく、全体的俯瞰的に眺めているのだ、周辺視野で。ところが人間はやはり個人として焦点を合わせてもらいたいから、俺のことは見えるか、私はどうだ、と次から次、ひっきりなしにその人に尋ねる。初めは仏の顔でええ見てますよ、なに、心配しないで、とニコニコしていたその人も、何万人と押し寄せる衆生を前に疲れ果ててしまい、とうとう目を半分閉じてしまった。仏様が半眼なのはそういう訳なのだ。四十数年前に鎌倉観光のバスガイドさんから聞いた話である。

脱線してるうちに考えていたことを忘れた。それ、問題は政権交代じゃない。天皇制の問題が男系女系じゃないように。オリンピックの問題が観客の人数でもないように。政権はあっていいのか?

話題を変えよう。これはタマゴタケ。夏に採れる貴重なキノコ。歯ごたえがあってバターで炒めるとうまい。食感はニギリタケと似ているかな。割と毎年同じところに出るんだけど、林道の手入れが行き届かないと、去年散歩ついでに寄れた場所が今年は鋸と鉈で切り開かなけりゃいけないてなこともあって、暇のない年は食卓に上がらない。今年見つけたのはたまたま。人生大体たまたま。という本『たまたま The Drunkard’s Walk』を最近読んでる。それで大数の論理という言葉はここから借りてるんだと思う。読んでたけど、NO繁期真っ盛りに突入したうえ、ヤギ仕事がまだ増えそうだからまた冬まで読めないだろう。

 

新じゃががうんと穫れた。生き物係さん(長いので今後「ブラック・ジャッ子」に改める。もっと長い)の収穫だけで去年より多いそうなので、これから掘る私の分を入れると、もうジャガイモ三昧だね。各種麦類も自家用にはまあまあ穫れたし、5月ごろに途絶えてしまった「黒パンとジャガイモの日々」再び。

 

 

2021年の梅雨明けもオリンピックもマジか

2021年7月15日

筑北盆地周縁に積乱雲多く時々晴れ、強く短い夕立

いきなり暑い。家じゅうぐったり。昨日玄関の地下足袋に黒猫だあだがおしっこをしてくれた。ので暑いけど長靴でNO作業。だあだは引っ越しの荷姿のまま奥の院(だあだが実効支配中)に積んである本の段ボールにもおしっこをしてくれるので、読まずに処分した書籍も少なくない。

雨を言い訳に見て見ぬふりをしていた野菜畑の草刈り。

・草に埋もれたハト麦を救出。ハト麦は初見参作物、麦というより小ぶりなトウモロコシといった草姿。

・これも初見参「浜ニュー黒ピー」だと思っていたトウガラシ属に「激辛とうがらし」が生っていた。苗段階で品種が混ざってしまい、実が着いてからのお楽しみ状態だったトウガラシ属4種、まずひとつ確定。

・ディル、人参(はねだしの種)、オクラ、小豆救出。ライ麦とクリムゾンクローバーの混合緑肥に埋もれた春菊とバジルの救助活動は明日以降に延期。

・試しに植えてみた捨て苗のカボチャが意外に育っている。他の作物を蹂躙する危険性は小さくない。途中で切ってしまうとか、できないクチである。今年はやるけど。

面積でいえば0.5haあるかないかのNO地。ここらが限界じゃないかと思う。

私がコロナワクチンを打たないいくつかの理由

・農毒薬(ファイザーは何を作ってるのかな)、遺伝子組み換え技術を憎んでいる。

・信用できない。審査が「特例承認」という「例外」なのに、「正式承認」としか言わなくなった。きっちり説明してもらいたい。また、ワクチン接種に起因する事故は国が補償するという触れ込みだが、因果関係を絶対に認めない。原発事故もそうだね。

・ワクチン義務化の同調圧力、プロパガンダ報道が多すぎる。自称専門家のワクチン安心解説は要らない。原発事故の後も自称専門家が大丈夫、逃げなくていいよと言い続けてたくさんの被曝者を産んだ。歴史から学ぼう。

・過疎地で日に一人、他人に会うか会わないかという生活で、能動被動感染リスクが低い。
村では余ってるみたいだから、ワクチン欲しいって人に回してあげてください。

・子どもにもワクチンを、てな風潮がこれ以上広がらないためにも、打たない大人が一定数いなければいけない。子どもを人体実験に巻き込むな。

・自然免疫でコロナウィルスをやり過ごす少数派(になりそうなワクチン熱の感染力!)人類の一人でいたい。つまり生物多様性の考え方だ。多様性はどうしたマクロン、冒涜する自由は認めてもワクチン拒否は認めないのか。

その点、何事につけアメリカ様の顰に倣う日本は今のところ義務とは言わない(無い袖は振れない)。自由も平等も握る力が尽きたらさようなら。金の力で握るって?ああ、そう。

2021年の梅雨明け間近

2021年7月14日 曇り時々晴れ

縁側のすぐそばに雨水桶があり、雨樋の水を集めて庭先の雑事に用立てている。今時分はボウフラの養殖場になって具合が悪い。そのせいか、蛙が集まってくる。夜、そいつらがけたたましい声を立てて鳴き喚く。たいがいデュエットかトリオで賑やかにやる。それ以上の合唱があるのかどうか、そこまで真剣に聞いてみないから判らない。豊かな倍音で耳が痛い。蛙の宿、だったか、旅先でカエルの合唱に悩まされる話を思い出す。郵便受けに糠味噌を詰めたりする話だったか、どうだか。

一日中或いは日に一度は激しい雨が降らないでは済まなかった梅雨ももうじき明ける。梅雨の晴れ間というものがなかったおかげで、玉葱、ニンニクの収穫が辛かった。これらの穫り入れに関して、菜園の指南書にはたいてい「梅雨の晴れ間を見計らって2~3日畑で干す」とか「数日晴れて畑が乾いたタイミングで収穫する」などと書いてある。梅雨の晴れ間が無い時の対処法は無い。
長雨で嫌んなっちゃって何をするのも後手後手、ニンニクなんか激しく採り遅れて引っこ抜こうとすると茎の外皮だけ抜ける、死体の手を引っ張ったら肉だけ抜けるところを想像したりして気が滅入った。

梅雨の晴れ間に人参を播こうと思っていたら今日まで時機を逃し続け。半月前に草を取って用意した畑もすっかり草だらけ。除草剤もワクチンも使わないからこれは仕方ない。午前中は降らない予報だったから、三角ホーで播き溝のとこだけ削り取って播いた。種はたくさんある。つい厚播きになる。どうせ土砂降りの雨に叩かれるんだから土もかけない。というより、パラパラ撒けるような状態の土は無い(パラとかオリを思い出して腹が立つ)。明日燻炭でもかけておこう。

こういう時に限って、雨が降らない一日だった。

蝶のように舞えず、蜂のように働く。